名古屋の夏の一大踊りイベント、にっぽんど真ん中祭りは年々規模が大きくなり、5年目の今年は1万8千人の参加、観客数は140万人にも及ぶという。一体、なぜそんなに多くの人々が踊りに夢中になるのか?「前略、道の上より〜にっぽんど真ん中祭り体験記」このコーナーは、私(テレビ愛知アナウンサー・相澤伸郎)が、この祭りに実際に踊り子として参加し、三ヶ月に及ぶ練習期間、そして8月29日からの本番で体験したことを赤裸々に綴っていくものである。
2003.09.17

大須笑店街★21よ、永遠に!(最終回) Vol.007

 「それそれそれそれー!」「よぉー、はっ!」大須笑店街★21は本番でも一際元気のいいチームだった。どんなにきれいに揃って踊れても踊っている本人たちはそれを見ることは出来ないが、声は聞くことが出来る。その声を聞くと元気が出る。自分も一緒に声を出すと一体感を感じる。嬉しくなる。初日、炎天下のアスファルトの上で20分間踊り続けるという大津通りパレードを難なく乗り切れたのも、そんな嬉しさを感じながら踊っていたからだと思う。私だけがそう思ったのではない。みんなそんな実感があったようだ。初日が終わってさらにチームのまとまりがよくなっていた。「ウチは全員野球だからね」というリーダーの呼びかけにも、みんな一斉に「おおーっ!」と応える。私の「野球なのかよっ!」というつっこみも掻き消されてしまうほどの大音量で。
 
  2日目最初のステージは、久屋大通りメイン会場だった。さすがにメイン会場だけあって、ステージはとても広くてきれいだった。踊っていて気持ちがいい。できれば夜、七色のスポットライトを浴びながらここで踊りたい。しかし、それが許されるのは出場162チームのうち、一次予選を勝ち抜いた10チームだけだ。10チームだけがこのメイン会場で夕方6時から行なわれるファイナルステージで演舞できるのだ。一次予選の結果は午後3時に判明するという。

 次の会場は覚王山パレード会場。この会場で嬉しかったのは、チームのビデオ撮影の手伝いに来ていた女の子が、パレードの先頭を走る地方車の横でずっと満面の笑顔を送り続けてくれたことだ。演舞中は楽しいので自然に笑顔になるのだが、お客さんまで届くような笑顔となると、それだけではちょっと物足りない。かといって作り笑顔は苦手だし。ところが、一番前に彼女の満面の笑顔があったので、つられてこちらもまるで劇団四季のカーテンコールのような笑顔になれたのだった。

 パレードが終わって「おかげで踊りやすかった」と彼女に言うと「何かできないかなと思って・・・」という答えが帰ってきた。なんていい人なのだろう。チームを支えていたのはメンバーだけじゃなかったのだ。

 パレードが終わると、3時を過ぎていた。覚王山会場の片隅で、一次審査の結果がリーダーの口からみんなに伝えられた。・・・大須笑店街★21はファイナルステージに残ることは出来なかった。

 どまつり初参加で、あまり他のチームの演舞も見ていない私には、162チームのうちの10チームに入るにはどの程度のレベルが要求されるのかよくわかっていなかったので、それほど悔しさはなかったが、何度かどまつりを経験しているメンバーは、かなり落胆しているように見えた。それだけ今年の演舞には手応えを感じていたのだろう。

 ちょうどその時パレードをしていたチームが目に入った。踊りながら泣いていた。審査結果が耳に入ったのだろう。このチームも一次審査を通過できなかったに違いない。ところが、踊り終わった途端、「やったー!」と大声をあげ、抱き合ったり、飛び上がったりし始めた。あらま!このチームはファイナルに残ることができたのだった。

 あんな風に喜んでもみたかったけれど、ファイナルに行けなかったおかげで、大須笑店街★21は次の大須観音会場で有終の美を飾れることになった。負け惜しみではない。地元で終われるというのはとても幸せなことだ。しかもトリ、大須観音会場のラストを我々が飾るのだ。

 大須観音で出番を待っていると、だんだん「これで最後なのだなあ」という感慨が込み上げてくる。最後の演舞が始まる15分も前から涙ぐむ女の子もいた。普段そんなに熱くなるタイプじゃないと思っていた男の人が、小さな声で「ヨシッ」と自分に気合を入れている様子を見て、私も胸が熱くなった。最後に最高の演舞を見せたい。みんな同じ気持ちなのだ。本番前に組んだ円陣では、「最後、全部出しきろう!」という呼びかけに「おおーっ!」と答える声が20秒ぐらい続いた。

 出番が来た。もうすでに鼻腔に込み上げてくるものがあった。大須笑店街★21の演舞は歌も歌わなくちゃいけないのだが、声を出したら、涙も一緒に出てきてしまいそうだったので、やめておいた。

 大須観音会場もお客さんとの距離が非常に近い。私のすぐ目の前には、外国人のお客さんがいた。青い目をまん丸にしながら、ずっと「WAO!」とか「OH!」とか言っていた。大きな目がめちゃくちゃ輝いていたので、「日本人、素晴ラシイデスネ」とかもたぶん心の中で言っていたと思う。私が鳴子を袂に引っ掛けておろおろしているのを見ると、身もよじらんばかりに大ウケしていた。ちょっとどうかと思うほどのウケっぷりにつられてこちらも笑ってしまった。おかげで鼻腔に込み上げていたものも引っ込んだ。歌も歌えるようになった。

 歌の後半はどうしても歌いたかった。是非モノだった。まさにこの時歌うためのものであったからだ。

♪我は舞うよ 全てを想い 赤い夕焼けに染められながら。 我は友とこの町で舞う・・・

 あまりにも今の状況とシンクロし過ぎている。ヤバイっ!まただ・・・・。演舞を終えてお辞儀をしていたら堰を切ったように涙が溢れ始めた。

 涙が心の汗ならば、あの日の大須観音は心のサウナだった。みんな泣いていた。このところ心の新陳代謝がすっかり悪くなっていたはずの私も。終わってしまう悲しさだけではあんなに涙は出ない。むしろあれは嬉し涙だったんだと思う。最後まで同じ目標に向って打ち込めたという実感が、お辞儀しているうちに込み上げてきたのだ。大須笑店街★21は60人の大所帯、しかもメンバーの半数は今年初参加なのだ。それがこんなにまとまるなんて!しかもその中に、いつも醒めていて、「ギザギザハート」とか「ギリギリチョップ」と呼ばれてしまう(第一回参照)私がいるのだ!!!チームを引っ張ってきた中心メンバーの中には「ノブさん泣かしたら勝ちだよね」と事前に言っていた人もいたらしい。うん、負けだ。涙はさんずいに戸が大きいと書く。あの涙は私が心のドアを大きく開け放った証でもあるのだ。

 大須笑店街★21の演舞が終わると、そのまま総踊りになだれ込んだ。総踊りとは、チームに関係なく、お客さんも一緒に踊るためのもので、見様見真似で踊れるようになっている。いろんなチームが、そしてたくさんのお客さんが一緒に踊った。私は踊りながら、いろんな人と抱き合った。他のチームの人とも。一体感はチーム内にとどまらなかったのだ。私は思った。「日本人、素晴ラシイデスネ!」




 7回に渡ってお送りしてきた「前略、道の上より〜にっぽんど真ん中まつり体験記」はこれでおしまいです。連載開始当初は予想だにしなかった熱い最終回になってしまいました。「芸風変わった?」と言われてしまいそうです。読み返してみると、この最終回だけで三回も『込み上げる』という表現を使っています。感慨、涙、実感といろんなものが込み上げてしまいました。込み上げるというのは頭で考えたものには使いません。心の奥から湧き上がった感情に対して使うものです。普段の暮らしの中ではそんな風に心の奥から感情が湧きあがるなんてことはあまりないですよね。それを連発したということはそれだけどまつりが特別なものということが言えるのではないでしょうか。込み上げ三昧の2日間、込み上げフェスティバル&カーニバル。あなたも来年、参加してみてはいかがでしょうか?

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