報 道

【元気!愛チカラ】 名古屋の靴づくりを伝える若者

09.06.25

靴?♪.jpg毎週木曜日は元気!愛チカラ。

職人の高齢化などで戦前から伝わる靴作りの伝統が危ぶまれる
名古屋市西区で若者たちが新たな挑戦を始めました。

靴?♪.jpg 鈴木達也さんは31歳。靴職人です。
5月20日、名古屋市西区に仲間2人と靴屋をオープンしました。
商品は全てオーダーメイドのオリジナルです。

「大学を卒業して普通に就職活動した。
靴?♪.jpg 靴が好きで靴関係の仕事につきたかったが
探しても販売の仕事しかなかった。
性格上 販売の仕事は向かないので
作るほうで仕事がないかな」(鈴木さん)

靴4♪.jpg 接客が苦手だからと飛び込んだ職人という就職先。
大学卒業後7年間の修行を経て、作りたかった靴を作れるようになりました。
出来上がった靴に入れる刻印は"Made in Japan"ではなく"Made in Nagoya"です。

「名古屋から発信していきたい。
靴5♪.jpg 次につなげる名古屋の靴づくりのために(刻印で)表現した」
(鈴木さん)

吉田明輝さんは50年、名古屋市西区で靴を作り続けています。

靴6♪.jpg 「(全部)靴関係の人たちだった」(吉田さん)

名古屋市西区は戦前から、神戸、浅草と並ぶ靴の一大産地として知られ、
最盛期の1960年代には40以上の靴店が軒を連ね、とくに婦人靴の生産が盛んでした。
吉田さんも、当時を知る職人の1人です。
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「阪神大震災の後から安い中国製が入ってきた。
(さらに)全国でも5本の指に入る問屋が倒産。
そのあおりを受け(名古屋の靴作りは)一気に小さくなった。
(職人は)あと5年もすると本当にいなくなる」
靴8♪.jpg (吉田さん)


そんな吉田さんの門をたたいた1人が鈴木さんでした。
今では名古屋の靴の伝統を守る貴重な人材です。
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「(鈴木さんが)弟子入りした頃は無口で、お客さんに売るのが
一番大変なこと」(吉田さん)
「最初は全くしゃべれなかった。ようやくここまでこれました」
(鈴木さん)
靴10♪.jpg

作った靴が売れなければ意味がありません。
苦手の接客も自分の商品をはいてもらうためには必要です。
気の利いたセールストークはできませんが、鈴木さんの丁寧な
説明に客も満足しているようです。

「履いて(指などが)あたってるよとか
履いて、靴屋さんでは言わない。
そこがオーダー職人が作ってくれる信頼がある」
(購入した客)
「靴づくりという自身を与えてくれた。
売ることもできる職人」(鈴木さん)


靴最後♪.jpg 靴が好きだからという理由で選んだ靴職人の道。
鈴木さんたち若手職人の成長が、伝統ある名古屋の靴作りの行く末を握っています。

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